「横浜岡田屋」 「天吉」 「泉橋酒造」 老舗トップが語る
シンポジウム「暖簾をつなぐ」
講 師:横浜岡田屋4代目・岡田伸浩 氏/天吉5代目・原茂男 氏/泉橋酒造6代目・橋場友一 氏
コーディネータ:神奈川新聞社社長室長兼総務局長 渋谷文彦 氏
開催日:2023年4月17日(月)午後 1時30分~3時
会 場:県民共済みらいホール 横浜市中区桜木町1‐1‐8‐2
神政懇 定例講演会/続く暖簾の秘密紹介/県内老舗トップ3人が登壇
2023年04月18日(火)
県内有数の有名老舗トップ3人によるシンポジウム「暖簾(のれん)をつなぐ」が17日、横浜市中区の県民共済みらいホールで開かれた。創業133~166年の各店が、震災や戦火を乗り越えて発展を遂げた秘密を語った。神奈川政経懇話会主催で神奈川新聞社共催。
登壇した3人は横浜岡田屋(同市西区)の岡田伸浩社長、天吉(同市中区)の原茂男店主、泉橋酒造(海老名市)の橋場友一社長=写真(左から)。日本で百年続く企業は0・03%とされる中、時流を読んで変化しながら家訓や信念を守ってきた。
岡田氏は1890年に川崎で質店として創業した岡田屋が、呉服店、百貨店、ショッピングセンター「モアーズ」へと変化してきた歴史を紹介した。近年は横浜港の商業施設「横浜ハンマーヘッド」を開業するなどまちづくりも手掛け、「変化する時流に合わせて“変態”してきた」と説明。「地域に根差す小さくても強い会社を目指しており、うちの暖簾は変わり続けることだ」と強調した。
原氏は、天吉が現在地に移転した1956年について「焼け野原で何もなかった。すぐに横浜市役所ができ、関内駅が開業し、『棚からぼた餅』で、ついていた」と説明。ミュージシャンで妹の原由子さんら家族に触れながら「代々、音楽など好きなことをやってきた」とする一方、身の丈に合った一店主義や「経営者は職人たれ」という言葉を信念に毎日絶品の天ぷらを揚げ続ける熱意を語った。
橋場氏は「良いことは一つとしてなかった」と1857年からの苦難の歴史を紹介。会社勤めを辞めて家業を継ぎ、「酒造りは米作りから」との信念で1996年に農家と協力して酒米作りを始めた、と振り返った。「農業を守りたい」との思いで全国でも珍しい地元産の純米酒を造っているとし、ラベルに描かれた「トンボが育ち減農薬で環境にも優しい、安全安心な酒造りを続けている」と話した。
【シンポジウム講師】
横浜岡田屋4代目
岡 田 伸 浩(おかだ・のぶひろ)氏
1953年横浜市出身。慶応義塾大学商学部卒。伊勢丹を経て、77年横浜岡田屋入社、93年から社長。横浜ハンマーヘッドの運営を手掛ける新港ふ頭客船ターミナル社長、横浜商工会議所副会頭や、神奈川県スポーツ協会会長、茶道裏千家淡交会理事も務める。横浜青年会議所理事長、日本青年会議所会頭、神奈川県教育委員会委員なども歴任した。
天吉5代目
原 茂 男 (はら・しげお)氏
1953年横浜市出身。浅野学園、武蔵大卒。関内の老舗天ぷら店、天吉の店主。幕末の屋台がルーツという初心を忘れず、毎日自ら揚げ場に立つ。エッセイストとしても活躍しており、神奈川新聞で3度の連載を担当。音楽一家で、妹はサザンオールスターズの原由子、妻は元CMシンガー、次男もメジャーレーベルのギタリストだった経験がある。
泉橋酒造6代目
橋場 友一(はしば・ゆういち)氏
1968年海老名市出身。慶應義塾大学商学部卒。証券会社を経て、泉橋酒造に。農家でもあり、1996年より酒米栽培を開始。「酒造りは米作りから」がモットーで、酒米の栽培から精米・醸造まで一貫生産をする全国でも珍しい栽培醸造蔵。純米酒100%の酒蔵で、主要銘柄は「いづみ橋」「とんぼラベル」など。海老名商工会議所副会頭も務める。
【コーディネーター】
神奈川新聞社社長室長兼総務局長 渋 谷 文 彦 (しぶや・ふみひこ)氏